1858年4月9日午前2時、
跡津川断層に起因するマグニチュード7の飛越地震により、
大鳶山と小鳶山が崩壊し、立山カルデラに大量の土砂が堆積した。
カルデラ内では立山温泉の温泉客と従業員の約30人が死亡した。
越中国立山異変之図(富山県立図書館蔵)。
堆積土砂は雪が混じった軟弱土砂であったため、
4月23日、6月8日の2度にわたり、
土石流となって常願寺川を流れ下り、富山平野を襲った。
死者140人、流失壊滅家屋1610戸の被害が発生した。
安政五年四月常願寺川筋大水害略図(富山県立図書館蔵)。
1926年から国直轄の事業として、
毎年約50億円の予算をかけて砂防工事が行われているという。
博物館。
床に描かれた立山カルデラ。
模型。
写真。
工事用トロッコ。
白岩砂防ダム群。