念仏小僧 犬太郎

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色

寺島蔵人邸

寺島蔵人は、
人持組2280石・原元成の三男として生まれ、
1801年に寺島家の養子となって禄高450石を相続し、
加賀藩の中級武士として越中高岡町奉行など、
農政や財政の実務を担当した。
有能な藩士であると同時に、
思いやりが深く正義感の強い人物であった蔵人は、
民の生活を圧迫する藩政を批判し、
罷免などの処分を度々受けた。
蔵人の年寄政治批判は徐々に同調者を集めたが、
藩はこの対処として蔵人に流刑を申し渡し、
1837年に能登島へ送られ、
病のため半年後に同地で61歳の生涯を閉じた。

邸内見取図。

塀。

入口。

玄関。

座敷。

縁側。

茶室。

庭園。

四畳の間。
寺島邸を訪れた浦上玉堂がここで琴を弾いたと伝えられている。

中庭。

蔵人が描いたボタン。

蔵人が使用した絵具。

蔵人が愛用した画材入れ。

土蔵。